算術師の、何だかそんなもの。 -5ページ目

10の質問、補足

算術師です。

風邪引きながら実家から下宿へ帰省。記事の大半は車中にて作成してみました。連休最終日の新幹線の込み具合を舐めてました。

明日は追いコンだそうで。

体持ちますかねぇ…。




10の質問へ回答してくださった奇特な方がお二方ほどトラックバックで名乗り上げてくださいました。

demianさん回答記事

using_presureさん回答記事

改めて回答に感謝したいと思います。
そして、改めて見てて問題3.が2問ある事が発覚。
…。
早いところ訂正したいと思います。まぁ、問10を補問に繰り込んで解決しておこうかと思います。




さて、お二方の回答から色々再考察の余地を頂きました。

先ず、demianさんの回答 から「嘘とは何か?」問題。
改めて考えると不思議な物です。これについてはしっかり後日エントリ用意したいと思います。

using_presureさんの回答 より、問題の選択指標が不明だとの指摘がありました。これについてはこのエントリ内で後述したいと思います。




問題の選定基準については、結構適当だったりするのですが統一的な指針っぽいものが一応あります。

まぁ、正直「数理矛盾」・「時間概念」の項はほぼ趣味です。一応統一すべき線は確保していますがそんな事より他の人に訊いてみたかったというのがあります。なので、これについては一旦除外したいと思います。

さて、残りの問題の選択指標を語るには、私が現代をどう認識しているかについて語らなくてはなりません。

私は過去の「現代」にも現在進行形の「現代」にも共通していえる性質に基本性質に揺らぎがあると思っています。
少し過去の「現代」では、浅学非才の私が見るに人間世界が揺らいでいた場所は「人種」であり「男女格差」であり「大量生産と社会」etc...であった(勿論、これらの問題は現在も解決が見られていなかったり、新たな問題が発見されてもいます)と思います。

そこで、「社会観」と「個人の責任」以外の問いは現代社会で揺らいできている、または今後揺らいでいくであろうと私が思っている事柄について語って貰おうという趣旨で設定しました。

「社会観」と「個人の責任」の問いは、社会に存在する個人としてのスタンスを聞きたかったので設定しています。

この10問の質問を作るには現代社会をどう捉えているかを認識しなくてはならない訳であり、これを作ることで間接的に「現代社会とは何ぞや?」を訊いてみたかった(回答は出なくとも自問自答して頂きたかった)ので、最後の「質問についての質問」を設定しました。

まぁ、この期に及んで実は10の質問になって無い事が発覚してしまった訳ですが…今後もどしどし回答お願い致したいと思います。




2005 03 22 の加筆修正

第12パラグラフの先頭にてリンクタグが切れていた問題を解決
第15パラグラフにて冒頭の「この」を正確性を期すため「残りの」に変更

Blogの文章について思うこと。

算術師です。

更新が激しく滞って毎度申し訳ないです。
花粉症のついでに風邪引いたらしく、頭の働きが鈍いです。
と言うか、この体調な時に2時間愚痴やらなにやらな電話に付き合せてくれた友人に幸いあれ。
エントリ1つ書くのに凄く時間を消耗してしまう人種なので、もう少し計画的に時間配分したいと思ってます。

さて、ネットをぶらぶら巡回してたら興味深いサイト(実態はBlogですが)を発見しました。

夜泣爺文学舎
Blog主の夜泣爺さんは知識豊富な方で、記事の読み物としての完成度も非常に高いです。

正直、「凄い凄い」と感心するばかりで何だか駄目っぽいですが気にしてはいけません。




18日の記事「10の質問」gachapinfanさんからトラックバック頂きました。(1件目

宣伝半分報告半分に送ったトラックバックに返答頂き、有難うございました。




さて、主にはてなで話題になってるAlbiniさんのBlogこの記事(大分出遅れていますが、色々ダウンしてたのでご容赦を)ですが、個人的な見解を。要約等はgachapinfanさんのBlogこの記事とかnopikoさんのBlogこの記事とかを参考に読むと論点が解りやすいかと。

要約すると、Blogは自意識・自己満足を満たすツールとして運用される可能性が高く、学問的なコンテンツを含むBlogは衒学なものやら痛いものになってしまうのではないか(だから学問的なコンテンツはBlogと言う形態をとるべきではないとも主張していらっしゃいます)? あと、痛々しい人間が出来上がる素地になるから学生のうちから「自分語り」をメインにしたBlogなんて書かないほうが良いのではないか? そして、痛いコンテンツを規制する意味でBlogを免許制にしてはどうだろうかと、そう言った内用です。少なくとも私はそう読みました。

で、私の正直な感想です。
自分語り系のBlogで問題になってる「文章の痛さ」「衒学傾向」…更に言えば、Blog自体の日常をネタの引き出しに用いる傾向…。

非常に、とあるものに似ています。

私小説です。

私は、私小説に自分語り系Blogの原型を見ます。


―――――以下、暫く私小説について(文章荒いので注意)―――――
私が読んだ私小説が外れしか無い可能性も勿論ある。

が、敢えて言わせていただきたい。
私小説は非常に非常につまらなかった

内容が希薄であり(そりゃ日常がそのままなんだから仕様がないかもしれないが)、言ってる内容がありきたりであり(しかも、自分がその事を特別に思いついたような口ぶりで語るのが不快感を煽る)、そして結局「自分はインテリなんです。特別なんです」と主張しているだけ。

このようなものが高尚であり、評価に値する文章であると評価している文壇にいる人間はやはり同じような自己主張をしたい人種しか居ないのだろうとも思ったこともある。正直、推測で批判するのは宜しく無いので主張すべき内容で無いことはわかっているが。
―――――私小説について、終わり(元の記事に戻ります)―――――


と言う訳で、個人的には私小説の文章≒自分語り系Blogの文章と見做しています。
なので、論文的な文章が書ける≠自分語り系Blogの文章が書けるというのは正しいでしょう。と言うか、勘違いしたままBlog書き続けると普通の文章も論文的な文章も書けるようにならないのでその辺は要注意ですが。
まぁ、私小説の場合はあれでも文壇なるものがあったので最低品質を保っていた(?)と見ることも出来ます。

そう言う意味でも今必要なのは免許ではなく文壇(Blogを批評するBlog)なのではないかな、と。まぁ、そんな面倒なこと誰がやるんだって感じですが。まぁ、物好きな方はいるのでしょう。きっと。

Blogの弊害については認識しつつ、日々自省して行きたいものです。

10の質問

算術師です。

帰省したは良いものの、思ったより暇でもなく何故か忙しいです。
花粉でダウンしかけてて作業が滞ってるのもあるのですが。




さて、大分前の予告通り現代社会利用者に10の質問を作成してみたいと思います。取り敢えず、○○に100の質問と同じような風になってれば良いかなとか思っています。…と思ったら作ってる間に半分くらい近未来利用予定者に10の質問になってしまった感があります。実は10問に絞るのが一番の難作業でした。遅くなった理由の4割はそれにあったりします。

暇な方回答してみていただけると幸いです。




0.回答者について
ⅰ.あなたのHNを教えてください。また、簡単な自己紹介をして下さい。
ⅱ.ⅰ.の紹介文の内容が何故あなたを紹介するのに適切だと思ったか、その理由を考えられる範囲で回答してください。
(例えば問ⅰ.にHNは○○です。学生しています。 と回答したなら何故他の側面でなく「学生であること」を取り上げたのか? これについて考えてください。)

以下、10問の質問に回答してください。尚、回答不能・回答価値が無いと判断する場合はその理由を付記してください。
尚、回答は状況に依存すると考える場合はどのような状況ではどのような回答となるか簡潔に述べてください。

1.生命倫理
ⅰ.あなたは医師であるとする。担当の現在重症な患者に延命処置を施しているところである。この患者は意識回復の見込みもなく、現在人工呼吸器とその他の補助装置で辛うじて生きているところであるとする。患者は以前から補助装置を用いての延命を希望していなかったが、家族は延命を望んでいる。この場合、あなたはどうするか回答せよ。

2.機械と生命
ⅰ.今から数十年後(設問の本質上、数年後でも数百年後でも構わない)に、ロボット技術の進歩により人間と外見上区別のつかない(知能なども人間に準拠するとする)ロボットが誕生したとする。このロボット達に人としての権利は存在するか?

3.社会観
ⅰ.あなたはとある国の国家元首であるとする。国内では紛争が多発しており、多数の死者が出ている。これを回避するべく、ある提案がなされた。国民全員を洗脳してしまおうというのである。この提案を実行すれば、倫理的な問題は兎も角、死者を出さずに全ての紛争を停止できるものとする。さて、あなたはこの提案を実行するか回答せよ。

4.自己と他者
ⅰ.あなたのクローン(寧ろコピー)が仮に製造されたとする。このクローンはあなたと同一の外見・思考(記憶も何らかの方法で移しこんだとする)を持っている。このクローンが「私こそオリジナルである」と主張した時、あなたはどう回答し、対処するか述べよ。

5.個人の責任
ⅰ. ある科学者が居るとする。この学者はある非人道的な大量破壊兵器を開発するための技術を保有している。この科学者が大量破壊兵器の製造協力を求められた時、どうするべきか。

6.世界の境界
ⅰ.仮想世界の実装技術進歩により仮想世界が現実世界と見分けがつかないほど「リアル」になったとする。このとき、この中で行動している人間の経験は果たして「リアル」なものだろうか? あなたの見解を述べよ。参考に故事「胡蝶の夢 」を挙げる。

7.時間概念
ⅰ.ある科学者が何らかの手段で過去に行く技術を開発しました。仮に10年前へ行ったとする。10年前、当時のその科学者は時間旅行技術を開発しようとしていたところであった。過去に行った科学者は、この技術は危険であるとして科学者自身を殺害した。この時、殺害後の10年後はどのようになっているか、あなたの見解を述べよ。また、自分を殺害した科学者はその後どうなったのか予測回答せよ。(自分殺しのパラドクス)

8.数理矛盾
ⅰ.「この文章は嘘である」と書かれた紙がある。この文章は果たして事実を述べているのか、嘘を述べているのだろうか?(自己言及のパラドクス

9.神と宗教
ⅰ.あなたは宗教を信仰しているか? 信仰している場合は信仰の理由、神とは如何な存在かを説明せよ。信仰していない場合は、何故信仰しないか説明せよ(無宗教でも神が如何な存在か説明することが出来るものは説明せよ)。

10.環境問題
ⅰ.今から数十年後地球環境の汚染が深刻化していった。人々は現代文明社会を放棄(工業活動などを漸次停止して行く)して地球に留まるか、地球外に入植するかの選択を迫られていた。2択を選ぶに当たって、個々人に選択権が委ねられることとなった。さて、あなたならこの2択のうちどちらを選ぶか。

10の質問は以上にて終了です。余力のある方は次の質問に回答してください。

補問.この質問についての質問
第0問から第10問までの問題の不足点を明らかにし、不足と見做す理由を述べよ。
尚、余力がある者は各自10の質問を補完・作成せよ。




さて、こんな質問誰が答えてくれるんだか、とかは思うのですがまぁ暇な人回答お願いします。
何でこの10問なんだ!と言う人は補問にもありますけど自分なりの10の質問を作っていただければ幸いです。
10の質問を作ると言う事自体がかなり自分の問題意識を投影している気がしますので、他の方の10の質問と比較できましたら中々興味深いと思います。

次の記事はそうお待たせすることなく書けそうです。




2005 03 22 08:40 の加筆修正

問題番号の重複が発生していた問題を解決。旧第10問を補問に変更。

帰省してます。

算術師です。

書き出し悩むところ多いですが、もうこの形式で続けて行きたいかと思っています。

さて、土日結構微妙な体調(その割にサークル勧誘用のビラ配りとかしてましたが)だったにも拘らず、本日実家に帰ってしまいました。何というか、気合です。




移動で思いのほか疲労しているようなので、日記更新は明日以降に回すことにして、現時点で明日以降書こうと思っていることのピックアップしておきます。記事更新サボらないようにせねば。

まず現代社会利用者に10の質問を企画倒れさせないよう完成させたいと思います。続いて世界について連載の続きを書きたいと思います。最後に新企画として進化論についてを語ってみたいと思います。

以上、やりたい事が山積みな状態ですが正直頭働いて無いので今日は寝ます。
皆様申し訳ありません。

閑話休題

算術師です。

このBlogの書き出しがヒロシです。 に似てるね。」
と、さらりと知り合いに言われて軽く凹んでます。オリジナルって難しいですね。




気軽に書けそうな既存のネタが無いので適当かつ普通に日記します。

今日は何故か5時くらいに目が覚めて、仕方ないので部屋の掃除やったり洗濯したりゴミ出したりと真面目に動いてました。

この時期は花粉の関係でこまめに掃除しないといけないので面倒です。

さて、家事が済んで暇になってしまったので、日記のネタになりそうなものは何か無いか? 出来れば知恵熱でなくて済みそうな奴無いか? と、探してて恋愛成績表 の診断に行き当たりました。

真面目に回答した割に変な結果 が出たのでもうネタとして報告です。

正直、色々突っ込みどころ満載です。

まず、恋愛タイプ。
数ある恋愛タイプのどれにも当てはまらず、測定不能と分類されました。通常考えられません。まじめに回答しましたか?

…。いや、真面目に回答しましたって。私一体どんな宇宙人ですか?

精神年齢 31歳
結婚適齢期 31歳

…。
いや、よく年齢の割に落ち着いてるね(社交辞令)とか言われますけど、幾らなんでもこれは酷いです。実年齢が実年齢+10歳って何事ですか、一体。

どことなくどよーんと湿ったオーラが算術師さんから漂っています

…。
まぁ、確かにお前独特のオーラ放ってるよとか言われますけど、湿ったオーラって何ですか一体。暗い人に見えるのでしょうか。

・どんな人生だったかはわかりませんが、かなりすれている印象があります。
 純粋さに欠けます
・かなり冷たい印象があります


……。
思い当たる節なんて山程ありますが、思いっきり余計なお世話です。
あと、かなり冷たいと言うのは間違ってると主張しておきます。

以上、突っ込みと言うか抗議終了。
一言で語ると余計なお世話だ、と。
正味、こんなテストやるもんじゃなかった、とそう思います。




同日13:40の加筆修正

書き込みの整形に失敗していたので記事を元原稿から貼り直しました。

同日13:40の加筆修正

正確さを期す為、第2パラグラフ書き出しの「書き出しが」を「このBlogの書き出しが」に変更。

多分連載 世界について(2)

算術師です。

更新が凄い勢いで滞ってしまって申し訳ありません。

完全復活したかと思いきや、実はまだ体が言うこと聞いてくれてません。此処数日凄く肩と腰が痛く、微熱を引きずってて思考以前に日常生活に支障が出てました。品質保持を口実に更新を放棄したことをお詫びいたします。

後日にでも人の都合無視して状況悪化させてくれた皆さんには軽く抗議をしておこうかと思っています。




お知らせ

gachapinfan さんに2件のトラックバックを頂きました。(1件目 2件目

何だか過分なお言葉を頂いている気がします。「近代社会利用者に100の質問」は100問は流石に多すぎ(ついでに言えば回答が難しい難問が多そうですし)として10問くらいなら面白いかもしれないなと、そう思ってみたりします。暇見て作ってみますかねぇ…。

SNMR さんに1件のトラックバックを頂きました。(1件目

まぁ、トラックバックと言うより紹介したとの告知ですね。律儀な方です。まぁ、例の問題 に関してSNMR さんとしてはもう解決済み(少なくとも関与すべきでない)と判断のご様子。何か批評される側になったりと大変みたいですね。




さて、お知らせは此処までにして本論を。

今回は人間の意識とか世界を認識することとかについて語ってみようかと思います。

例によってご意見ご感想ある方はコメント欄へお願いします。正直余りにコメント無い(その割に此処数日20人/日のアクセスがあったりする…このアクセス者数が多いのかは別問題ですが)のでちょっと不安なのですが、気にしても始まらないので座して待つことに。皆様気軽にコメントお願いします(こんな記事、気軽にコメントできねぇよと言うコメントも含めてお気軽に)。

私たちは意識を持っています。当たり前のことですが。何故ヒトという種が意識を持つようになったかは知りませんが、正直「意識なるものを獲得してみると実は便利だったのでそのまま採用された」って所なのではないかと思っています。何というか、入力と出力を繰り返して(その間に応答の最適化もしていくとして)たら気付けば意識が生まれていた、というのが実際なのだろう、と。

なら同じように入力と出力を最適化しながら繰り返す計算機システムがあったとすれば、自我を持つ人工知能が作れそうなものです。が、本当にそれで自我を持つ人工知能は作成可能か? と言う問いは回答するだけの知識と技術力が無いので保留させていただきたいと思います。正直凄く興味はあるのですが。

さて、そんな感じで何だかよくわからないけど発生してしまった意識がどのように世界を認識しているのか? これはこんな過程で実現されているのだと思います。まぁ、脳が逐次処理やってるとは思えないので微妙な区分ではありますが。

まず第一に感覚レベル。
感覚器からの信号を受け取ってデータ(?)にします。
第二に無意識レベル。
受け取ったデータを意味のある情報に加工します。例えば、机・椅子…とか物体の大まかな分類を掛けます。
これは不快・生理的に受けつけない、とか言う判断もこの辺でやってる気がします。
第三に意識レベル。
分類済みのデータに情報を追加加工します。例えば今読んでる文字の字面の読み取りは完全にこのレベルの担当ですね。

基本的にレベルが上がれば上がるだけ認識できる範囲は狭くなると思ってよいのですが、意外とサブリミナルとかが有効な辺り人間の無意識の処理能力は侮れない物なのかもしれません。

世界を眺めた結果作り出される「認識の世界」は、実は前回の記事 の地球シュミレータのシュミレーション結果のようにモデル化されている(まぁ、規模も精度も方向性も違いますが)のだと思います。だからボールが飛んでくるのに反応も出来ますし、普通の日常を問題なく(モデル化されてればそれについて考えなくてすむ)送れるのだとそう思います。思い込みやら常識やら知覚上の制約なんかでフィルタが掛かった制約されたものですが。

まぁ、制約が掛かるのを不自由だったりしますがその不自由無しでは処理追いつかないのも事実で難しい物です。




「自己組織化&自己集合」-ナノエレクトロニクス-
http://www.nanoelectronics.jp/kaitai/selfassemble/




2005 03 11 11:04の加筆修正
第18パラグラフ(世界を眺めた結果~から始まるパラグラフ)にて誤字を訂正。
「遅れる」は「送れる」の誤記でした。




2005 03 11 11:10の追記

某映画では無いですが、感覚の入力が完全に狂ってたら世界を正しく認識できないだろうし、認識で不正なバイアス(この場合、どう不正なのかも問題だが)が掛かってしまうとやっぱり認識が上手くいかず、思考レベルで自己欺瞞してしまうとやはり妥当な認識を得ることが出来ない。

世界を認識するとは、実は何とも難しいことなのでしょう。

多分連載 世界について(1)

算術師です。

一晩明けて、自分から切り出した目標を反故にしそうで焦っています。

昨日の晩から今日の朝にかけて、さて追加エントリ書こうと思ってたところ知り合いに呼び出し食らいました。何かと思えば「麻雀の面子が足りない」とか。体調悪いからと断ったつもりだったんですが、「いいじゃん麻雀しようよ」と…全然話を聞いてません。…断り方が悪かったのか、彼のテンションが上がりきってたのが問題なのか(何でも役満が2回出た模様)真相は不明なまま。

私が日常的に「頭痛い」「風邪っぽい」と言ってる人なので、恐らく深刻さが伝わらなかったのでしょう。(基礎体力が無いのか、体調が宜しく無い状態が恒常的に続いています。まぁ、所謂病気に分類される状態ではないので気合が足りんとか医者にも言われます。まぁ、体力付けないと大概拙いのは確かなようです。)

内心文句垂れながら、結局打つ破目に。まぁ、結果最下位。頭痛かったのと不機嫌だったのとで無策上等な態度だったので、仕方ないのですが。

軽く朝食を取って、風呂入って洗濯して今(書き始めたの8時頃)に至ります。書き終わって力尽きる前に掃除をしておかねば…。
ネタ探しやら文案練ったりに時間が掛かって気付けば昼が見えてきたのですが、気にしない方が幸せなのかもしれません。




さて、前座はこの辺にして今回は大風呂敷広げて世界とは何だろうか? というテーマで個人的な思い付きを語ってみたいかと思います。多分1回で書ききれないので、今回は世界を記述することについて。

ちょっと自分の中でも消化し切れて無い話ですので、足りない点、不明な点その他ご意見ご感想ありましたらコメントお願いします。

世界を記述しようと言う試みは古くから存在していた訳で、昔の世界地図 (ちょっと対象年齢低めな気もしますが、良い資料が見つからなかったのでご容赦を)は「世界がどのようなものであるか?」を考察した結果ですし、各種辞典・辞書の類は世界を構成している要素を文章の形で写し込もうという試みであるともいえます。

世界とはどのようなものか? を突き詰めて行った結果が、今日の科学と言う事も出来るでしょう。物理法則や、その他の法則群は世界の振る舞いを数式なり言語なりに押し込めようとしている試みと言えるでしょう。また、哲学は「人間の内面(これも一種の世界)」とは何かを記述しようとしようとする試みだと思います。

最近では地球シュミレータ (2004年時点で世界最高性能を誇る超高性能計算機。並列演算で非常に複雑なシュミレーションを実行できる)なんてものまで用いて世界をモデリングして世界そのものの記述を実際に動かして研究している人たちも居る訳ですが…確か10km四方を一区画と見做してシュミレーションしていた筈です。10km四方と言うと荒いように思うかもしれませんが、地球全体の模写物を10km四方の区画(確か高さ区分で更に区画分けされていた筈)で動かしてみるわけですからかなり緻密なものと考えて良いと思います。

さて、この地球シュミレータですがこれが今後更に高性能化していったとすればどうなるでしょう? 動かしてみることの出来る1区画が1km…100m…1m…10cm…1μm…1nm…と、小さくなっていったとします(まぁ、実際にはそこまで細かいデータが作れないのでそんな精度での地球全体のシュミレーションは出来そうに無いですけど)。シュミレーションの中身が精密になって行ったその時、そのシュミレーションの中の世界は一種の現実(というよりVirtualRealityと言う方が適切ですか)へと限りなく近づいていく訳ですが、となるとこんなことを考えてみたくなります。

地球シュミレータの中のシュミレーション上の地球に地球シュミレータを設置出きるか?

…まぁ、シュミレーションの精度さえ上がれば実行可能なのでしょうが…非常に不思議な感じです。
世界の中に世界が作り込め、更にその世界の中に世界を作ることが出来る…何でしょう、マトリョーシカみたいな感じですね。或いは自己相似 的と言い換えてよいかもしれません。

まぁ、そう考えると私たちの世界も実は何者課のシュミレーションプログラムが稼動した産物なのかもしれないなとか思うのですが、残念なことに私たちにはこの世界の外がどうなっているかを検証する手段は今のところありません。(これについては、この記事 などを読んで頂けると示唆的だと思われます。)結局世界が記述できることと世界とは何者なのか別物で、写しが出来たからって世界とは何なのか理解したことにはならないのかもしれません。

蛇足
この世界とは完全に異なる世界のシュミレーションって出来ない物か…と、そんな突拍子も無いことを考えて見ます。
こんなテーマで研究とか出来たら面白そうですねぇ…。




今回参考にしたWebページ

面白地図と測量のページ
http://www5a.biglobe.ne.jp/~kaempfer/index.html

mansonge's ものぐさ本舗
http://www.kcn.ne.jp/~tkia/monogusa/

地球シュミレータ
http://www.es.jamstec.go.jp/esc/jp/

かたちの科学
http://nkiso.u-tokai.ac.jp/form/science/index.htm

頭痛の日

算術師です。

ちょっと普通に雑記です。

昨日から今日にかけてくしゃみ鼻水、妙に酷い肩こりと頭痛と…何だか困った症状でちょっと厳しいです。

まぁ、肩こり頭痛はいつもの事なので湿布でも貼っておくとして、くしゃみ鼻水はどうやら花粉のようです。嫌な季節になったものです。受験生だった頃は試験の日の朝に、眠たくなるが花粉症の症状は治まる薬を飲むのを選ぶか、薬飲まずに花粉症に耐えるかと、妙に理不尽な選択を迫られていたものです。

まぁ、今は眠くならない(抗ヒスタミン系でない薬確か抗肥満細胞系)のお蔭で副作用無く症状を抑えられるのですが、この薬効き始めるのは翌日からなんですよね…。今日は早いところ寝てしまうことにしましょう。もう一つエントリ書いたら寝ます。




さて、トラックバック送ってからのアクセスが何だか凄いことになってます。具体的に言いますと、3/4のアクセス者数が過去2週間分くらいのアクセス者数と同じくらいです。

gachapinfanさんのBlog に打ったトラックバック辿ったり、SNMRさんのBlog を経由して便乗企画 を見に来た方も、そうでない方も記事に対するご意見ご感想、批判などありましたらご自由にコメントください。トラックバックも歓迎です。

内心にやりとしている同時に、所詮は一過性なんだよなと当惑している自分がいます。向こう3日で便乗企画 は賞味期限切れと踏んでますから、それまでにオリジナルコンテンツを拡充するなり何なりしてやらないと。

個人的にはこの記事 とかこの記事 とかにも各種コメント頂けると幸いです。




と言う訳で、続くエントリで新しい話題でも提供したいと思います。




同日 23:30の訂正
第6パラグラフ(さて、トラックバック… から始まるパラグラフ)にて、誤記を2箇所修正。第2文にて「体的には」と書いていたのは「具体的には」の誤りであり「3/3の…」は「3/4の…」の誤りでした。

以上を訂正したことを報告させていただきます。




同日 23:45の加筆修正
第9パラグラフで2つの「この記事」に適切なリンクが貼られていなかった問題を解決。

以上を訂正したことを報告させていただきます。

Blogについて

算術師です。
便乗ついでにBlogについても個人的な考えを述べてみたいと思います。
纏めてメモ帳に書いてから貼り付けしているため、前の記事からの更新間隔が凄く短いですが、実際にはかなり時間かけて書いてたりします。





さて、Blogとは何だろうか?

定義について考えるのは非常に難しいと言うか、定義はお約束であると私は考えていますので(24日の記事を参照)、次のような別の質問に答えることでこの質問の回答に代えようと思います。

Blogはどのような機能を持っているだろうか、また、どのような効果を人々に与えることが出来るだろうか?

機能についての答えは簡単です。日記用のCgiにコメント機能とトラックバック機能、その他がついている、と回答すれば大体正解だと思います。

では、その機能がどのような効果を人に与えるのか?
これについては私は以下の通りに考えています。

まず、日記用のCgiとして機能することで個人の意見発信を容易なものにします。
そして、コメントが簡単に書き込めることでBlog主とコメントした人・コメントした人同士の相互の意見交換が容易に出来ることになります。これは、一種のコミュニティーを作る効果があるといえます。最後に、トラックバック機能やリンク機能(コミュニティーのメンバーがサイトを紹介するのもリンク機能の一種と考える)により、コミュニティー間の相互交流(されない場合も有りますけど)がなされるようになる、と考えられます。

此処まで考えて、Blogを仲立ちにできたコミュニティーは何処かサロンのようだ、とそう思いました。主と意見交換し、メンバー同士でも意見を交換し、時には他のコミュニティーと交流したり論戦したりする…正にサロンのようである、と。

まぁ、掲示板でもそうなのかも知れませんが、Blogの場合はオーナーの存在が一層際立つと考えれば良いでしょう。

そう言う意味では、Blogも使われ方によっては素晴しい議論を生み出すことも出来るのではないか…と考えると同時に運営は実は大変なのかもしれないとも思いました。

便乗企画

算術師です。
思いの他暇になってしまったので、もう一つくらいエントリを書いてしまえと妙に張り切っています。




さて、思い切り元ネタから明後日の方向へ行ってしまった3日付けの記事「個人の責任について」な訳ですが、明後日の方向に飛びっぱなしも問題ですのでにgachapinfanさんの東大文系現代文論述問題に回答してみようと思いました。

まぁ、本人が回答してみたくなっただけ、と言うのが理由の大多数ですが。後は、ついでにトラックバックを試しに送ってみようなどと小賢しい事を考えたり。

以下、答案に回答すべく文体が論文調(断定形が多い)となってますが、気にしないでいただければ幸いです。




1. 『電車男』との異同を論ぜよ。(25点)

ネットでの文書が商業的に転用されたと言う点では本質的差は無いと見る。
結局電車男にしてもはあちゅうにしても、商業利用を読者に事後承諾の形で実行し、反感を招いた。はあちゅうのサイトが荒れたのは実行主体と文書の作成者が特定可能な個人であったことに起因すると見られる。

2. 「がんばってブログやってるんだから多少の報酬はあってもいいじゃないか」という主張がありうる(起業家利得正当化論)。これに対してどう応えるか。(10点)

方に抵触しない無いようであれば問題は無いが、商業化に対して事前に経緯の十分な告知を行う事が肝要だと思われる。結局前述の2つの事件でも、読者に無断で企画が動いていったことへの反感から問題が発生していると見る。

正直、「実はこのBlogは商業利用のための人寄せパンダでした」では、今までの読者は不快に感じることだろう。なのでそれに関する対策を十分行う事が肝要と思われる。

3. 「個人ブログ」の内容はまったく個人の自由なのか、それとも何らかの制限・義務が課されるべきなのか。(各10点)

3.1. 商業目的の利用は問題となるか。

商業利用する場合は、初めから商業利用目的でBlogを開設するべきであると考える。
でなければ、商業利用することを周知させる努力を払うことが望ましい。Blogのエントリの著作権はBlog主に帰属するが、コメントはコメントの記述者に帰属すると考えるので、コメント部分を含めての商業利用は少なくとも同意を得ることが必要である。

問題2.でも書いたが、「実はこのBlogは商業利用のための人寄せパンダでした」では、今までの読者は不快に感じることだろう。ある意味騙し討ちと言っても差し支えあるまい。不快感を与えぬよう、商業利用する際には告知などを十分に行い議論を十分行うべきであると思われる。

3.2. 「やらせ」は許されないのか。

許容されると判断する。「やらせ」が一切許されないとすれば、Blogの作成者はエントリを書く為の行動を大幅に制限される。また、「やらせ」も効果的に用いれば有用であると判断する。

「やらせ」をどう捉えるかは読者次第であろうし、どう見せるかは作者次第だろう。

3.3. 読者の期待(「フツーの女子大生がけなげに頑張ってほしい」願望)に応えなければならないのか。

そのような義務は無い。作者は読者の期待に応える事も選択肢のうちの一つだろう。但し、問題2.や問題3.1.で繰り返し述べた通り読者に対する周知徹底は行うに越したことは無いと考える。そもそも読者の期待に応えることが作者にとって利益となるか負担となるかも場合に依存すると思われる。

追記:
この問題は、3日付けの記事「個人の責任について」にても記述した次の問題と相似であると考える。以下、再掲する。

―――― 再掲開始 ――――
ここにある子供が居るとします。彼(彼女でも良いが、文字数少ないので彼で統一)は所謂優等生で、両親にも優等生であり続けることを期待されています。彼は優等生であり続ける為に非常な努力をしていますが、同時に優等生であり続けることに疑問を感じています。さて、彼は優等生であり続けなくてはならないのでしょうか?
―――― 再掲終了 ――――

この問題設定は「優等生であり続ける必要は無い」と回答させようとするバイアスが掛かっていることは否定できないが、義務でも無いにも拘らず個人が負担となるような期待に応える必要性は無いと判断する類例として有意なものであると思われる。

4. 「より広く知ってもらうために営利企業と提携するのはよいことではないか」という主張がありうる(パートナーシップ論)。これに対してどう応えるか。なお、「学園祭において、営利企業との提携イベントを企画するという行為」と類比するかたちで論じてもよい。(20点)

それ自体は問題ない。今回の問題は運営の手法、告知に問題があったと考える。

5. ブログ主を非難する必要性はあるのか。成文法に抵触しないのであれば、「市場の判断」にゆだねる(=アクセス数減少)だけで十分ではないのか。(15点)

非難の必要性は皆無である。必要性からBlog主を非難するのは越権行為だと思われる。
よって、必要性を問うこの質問自体がナンセンスであると判断する。
非難のコメントがつくのも「市場の判断」であり、アクセス数が減少するのも「市場の判断」である。其処に必要性は存在しない。




やってみて思ったこと

何と言うか、自分の論理的思考力の限界を感じました。他のお歴々の回答(これについてはSNMRさんのまとめをご覧下さい)を見て思うのですが、皆さん色々と深く掘り下げて回答していらっしゃいました。自分が判断停止しているのか、単に説明能力が不足しているのか解りかねますが、文章を書く技術や論理思考力はもう少し鍛えていかないと、と思いました。




2005 03 04 05:30の加筆修正

敬称を統一するため、第二パラグラフ3行目のgachapinfan氏の東大文系現代文論述問題からgachapinfanさんの東大文系現代文論述問題に変更。




以降、加筆修正を掛けた場合は極力加筆修正した旨を記載したいと思います。




2005 03 04 12:47の加筆修正

回答中の設問2の末尾に不要な不等号が残っていたので削除。